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高校受検

学ぶ意義ってなんだろう?〜中3生に伝えたいこと〜 ①

こんにちは!生徒会本部学校ホームページ係の伊東咲楽、那須勇臥です。

先週に続いて今回は、本校の国語科、梅村先生と対談をしました。
本校の卒業生でもある梅村先生。先生が考える深志での学びをお聞きしました。

もうすぐ夏休み。受験勉強への切り替えが難しい時期でもあります。勉強することで頭がいっぱいの人も、一度立ち止まって、なぜ学ぶのか、考えてみませんか?

梅村先生の受験生時代

伊東 :受験生時代のエピソードを教えてください。

梅村T :高校受験のためにうんと勉強したかっていうと、何十年も経っちゃってから振り返っても、あんまりそういう記憶は無いよね。合格したら新しいスタートラインだっていう風に、私はすごく思っていて。深志に入るとさ、もうこれで合格したから、いいやと思って、すごく気が楽になった。合格したから部活にも取り組んで、勉強はわかる範囲でいいやっていうふうに思ったの。

伊東 :以前、高校受験と大学受験は全然違うと仰っていたと思うんですけど、それはどんなところから感じられるんですか?

梅村T :まず、日々の授業がある。今の先生たちと比べると、昔の先生はもっと自由で、自分の好きなことを喋っている。でも、テストは普通に訊いてくる。深志ってこんな感じなんだって思って、自分で勉強するしかないじゃないって思って、参考書はすごく参考にさせてもらった。日本史でも、資料集があって、今から思うとその通りだと思うんだけど、資料集で計算問題とかさせられるわけ。これだけの土地があって、どのくらいの獲れ高だから、この土地からは何石の米を納めたらいいかみたいな問題とかが出されて、これ日本史じゃないじゃんって思ったのをすごく覚えてる。でも、今から思うと、総合的な理解をするために学んでいたんだなって。繰り返し勉強したり、部活もやったりとかすると、時間が足りなくなる。だから、日々の授業をぼーっと聞いててもあんまり分かんないこと多いから、分かるようにしなきゃと思うと、教科によって、復習だったり予習だったり、とにかく1日やったことをおさらいして、次の授業までにとりあえず分かるくらいにしないといけないなと思うと、中学の比ではなかった。1年生の時になんとなく勉強を繰り返していると、気がついたら、あーってなる(成績が落ちていく)っていうのをすごく思う。

伊東・那須 :すごく思います…。

梅村T :みんな力があるから、なんとなく勉強が出来ちゃうんだと思うけど、やっぱり自分の目標をどこに持っていくかでもあると思う。勉強も、やりたいこともって思ったら、両方を頑張らなきゃどっちも辛い結果が待っている、そんな学校だと思う。割と得意科目、不得意科目ってあるじゃん。解説見ても、どうしてこっからこういう言い換えになるかとか分からなくて、先生に聞きに行ったりとかして、苦手を埋めていったね。だから本当に高校に入ってからの勉強は、努力が必要だったのは本当。なんで難しくなるかっていうとさ、やっぱりやってるレベルのギアが1個上がると思うんだよね。低いギアのまんま、なんとなく勉強をしてると、そのギアチェンジについて行かれないんだと思う。だから、勉強のやり方見直すとか。単なる丸暗記じゃダメで、国語にしても社会にしてもそれなりの理由があって、この答えになるっていうのがあって。もしこの学校を受けてくれる人達に向かってっていうなら、やっぱり色んなことを繋げられるようにこの学校に来て、勉強してほしい。だって、世の中、国語のエリアです、社会のエリアです、数学のエリアです、って分かれているわけじゃないじゃん。社会で学んだことが実は数学で活かされていたり、数学なんか国語を考える上で凄く有効だと思う。私が凄くいいと思うのは、場合分けって習うよね、確率で。あれって、世の中で自分が困難に直面した時に凄く有効だと思って、なんとかの場合はこうする、こうなったらこうする、っていう風に選択肢を考えるってことなんだけどね。場合分けって選択肢を考える事なんだって置き換えると、私達がなんか困難に直面した時にどうしようって思うのはみんな一緒だけど、いくつかの選択肢があって、どれがベストか考えられるとしたらさ、困難の乗り越え方が具体的になる。そんなことを自分で勉強してってほしいなって思ってる。そのための、色んな活動、日々の授業はもちろん、例えば図書館ゼミとか、それに取り込んで、自分のものとしてまた別の形でアウトプットしてると、そこからまた新しい学びに繋がってって。そういう気づきの場であるといいなって凄く思います。

伊東 :数学とかで学ぶ1つの具体が1度抽象になって、また具体的な生活の場に活かされていくっていうのがあるんですね。

梅村T :そうそう。なおかつ、なんとかの為にやる訳ではなくて、気がついたら、深志でこういう事やってたんだなって思ってもらえると思うんだよね。自分達で考えて、自分たちで運営して、結果がついてきた。振り返ったら、これが自治だった。そういうものだな、って思う。

対談の様子(右:梅村先生 左:伊東)

「のため勉強」と「だから勉強」

梅村T :「のため勉強」っていうのがあるんだけど。「のため勉強」っていうのは、大学合格”のため”に勉強するっていう。モチベーション高くなるよね、だけど、うまくいかない時はさ、「のため勉強」は、ダメージが大きいんだよ。でも、やる気にはさせてくれる。それが「のため勉強」で、「だから勉強」っていうのがあって、何々”だから”やる、楽しい”から”やる、とか不思議な事がわかる”から”やる、調べたい”から”やる。「だから勉強」っていうのは、勉強が自分を楽しくさせてくれる。だけどモチベが上がらない時はダラダラしちゃうっていう。調べることって楽じゃないもんね。進学のための、あるいは国家資格を取る為の勉強でももちろん良いんだけど、それと同時に、数学の不思議な点があるから知りたいとか、ニュースで報道されない社会事情を知りたいから勉強するとか、その為に何々をするっていう、内発的な、これ知りたいってもののヒントがたくさん落ちている学校だと思う。先生方も色々なアドバイスをくれると思うから、そういうことを楽しみに生きてほしいって凄く思う。そしてそういうことが、かなり自由に許されていると思う。自由ってなんだと思う?どっかの授業で言ってたかもしれないけど…

今回のブログは、ここまで!まだまだ対談は続きます。次週の内容は、「自由とは」「梅村先生にとっての“学ぶ意義”とは」「中3生へのメッセージ」です。お楽しみに!!

(文責:伊東)